Heaven's Gate #12

 


「……いやぁ、すごかったねぇ」
「本当、いいものを見せて頂いたわ……」
 神楽が終わって、辛うじて数人の口がそう開いたものの、残る数百人は無言のままで、ただ境内をあとにした。
 誰も、何も言えなかったのだ。
 まだ自分が、この世界に戻ってきたことを確認し切れていないような、ぼーっとしたような感じが続き、未だ夢から醒めてない状態だったから。
 そんな都の耳に届いた、お姉ちゃんの呟き。
「……たこ焼き、買わなくちゃ」
 ああ、そうだね、お姉ちゃん。沢山買おうよ。お義兄さんに喜んでもらおう。
 都は、素直にそう思えた。
 きっと、それはハルちゃんが見せてくれた神楽の影響でもあるのだろう。
 ほんのりと温かくて優しいものが、心の、胸の奥底から湧き出てくるような、そんな気持ちになって。
 そして、胸の奥と同じ温度を手の中に感じた都は、思わずそれを握り締めた。
「ふぇ?」
 まさか自分の込めた指の力が、そのまま自分の手に返ってくるとは思わなくて、思わず都は間の抜けた声をあげてしまった。
 作用と反作用? それとも、因果応報?
 まじまじと自分の手を見つめて、そして都は顔から火が出そうになった。
 都の握っていた、温かくも優しいもの。
 それは、神楽の間ずっと隣にいた、可南子さまの御手だった。
 可南子さまは何も言わず、でも、都に返事をするように、手を握り返して
くれたのだった。
「お、よかった。沙耶ちゃんたち、まだいたか」
 いきなり宮司さまの声がして、やっと都は現実の世界に戻ってきた気がした。
「ええ。本当に素晴らしいものを見せて頂いて。感動未だ冷めやらぬ、ですわ」
「そいつはよかった。あのバカ、張り切りすぎて、とんでもないこと引き起こしちまったからなぁ……」
 そう言って、宮司さまは閑散とした境内に目をやった。
 参道は屋台と神楽から帰るお客さんで未だに賑わっていたものの、神楽殿の前はといえば、いつの間にやら都たちしか残っていなかったのだ。
「たこ焼きは、鳥居に向かって左、手前から三軒目のが美味いよ……じゃなくて」
 宮司さま、今度は乃梨子さまに顔を向けた。
「ノリちゃん、悪いけどハルのところに行ってやってくれないか?」
「えっ? 私が……ですか?」
「ああ。今日の出来、率直に文句たれてやってくれ」
「文句って……」
 苦笑するしかない乃梨子さまに、宮司さまも苦笑い。
「本来なら、このあと本殿・拝殿で祈祷があるんだけどな。あのバカ、神楽に念込めやがったから、みんな帰っちまった。氏子連中まで……」
 みんな、それぞれ愛しい人の下へと足を向けたのだろう。
 幸せ祈願の奉納神楽なのだから、それはそれで正しいというか、凄いことだと思うのは都だけなのだろうか?
「ま、ノリちゃんから何か声かけてやってよ。金頼むの一言でもいいから」
「案山子ですかっ」
「ははは、さすがお姉さまだ。ホントよく知ってるよ」

 ひとしきり笑ったあと、宮司さまはほんの一瞬、乃梨子さまに真顔を見せた。
「まあ、なんだ。その、よろしく頼むよ」
「あ、はい。わかりました……」
 何か思うところがあったのか、それとも何かが伝わったのか。
 宮司さまに一礼して、乃梨子さまは神楽殿の裏手へと向かう。
 それを満足そうに見送った宮司さま、今度は都に向いた。
「あー、都ちゃん? ちょっとこっちへ来てくれるかなー?」
 微笑みというより、薄笑い? ちょっぴりいやらしさも感じる。
 この場の誰もが二の足を踏みそうな、身の危険を感じるエロさがにじみ出た、そんな笑顔だった。
 だから、都が後ずさりしたのも、無理はない……はずだった。
「メープルパーラーのフルーツタルト、ホールがあるよ」
「行きますっ!」
『おいっ!』
 宮司さまを含め、全員にツッコまれた。
 一歩踏み出そうとする都を、きゅっと繋がれた可南子さまの手が止める。
「ん? ああ『お姉さま』も一緒においで。その方が安心だろ」
 敢えて否定せず、手を繋いだままで可南子さまは歩き出した。
 都の前に半歩出て、まるで都を背中で護るかのように。
 その後ろをぞろぞろとついてくるお姉ちゃんたちに、宮司さまはニヤリと笑って言った。
「沙耶ちゃん、覗きか? 趣味悪いなぁ」


 本当に趣味が悪いのは宮司さまだと思うのは、都だけではない。
 断じて。
 だって、連れてこられた場所というのは、神楽殿の裏、出入口が一望出来るのに向こうからは見づらい茂みだったから。
 ちょっぴり遠いけれど、それでも神楽殿から出てきたハルちゃんが、待っていた乃梨子さまを見つけて変化させた表情は、木の陰からしっかりと見て取れた。
「……誰が趣味悪いのよ」
 小声で愚痴るお姉ちゃんに、クックと笑う宮司さま。
「さて、フルーツタルトの前に、コイツをプレゼントしようか」
 ぽんと宮司さまに肩を叩かれたけど、都は振り返ることが出来なかった。
 さわさわと小さな梢の音が、急に大きくなったから。
 TV放送が終わったあとの、いわゆる『砂の嵐』が大音量で流れてる、そんな感じで。
「うわっ……」
 慌てて耳を塞ごうとしたけれど、間もなくそれは治まった。
 その代わりに聞こえてきたのは、ハルちゃんと乃梨子さまの話し声。
 何故か聞こえないはずの距離なのに、まるで隣で話しているかのように、とても鮮明に聞こえてきたのだった。


「あ、乃梨子さま……」
「おっと……」
 神楽殿から出てきたハルちゃんは、精も根も尽き果てた感じで、足下がおぼつかないようだった。
 そんなハルちゃんを、乃梨子さまは抱きしめるように支えた。
「観て……頂けましたか?」
「うん、凄かった。それ以外、何を言っても当てはまらないほど……凄かった」
「えへへ……」
 乃梨子さまは、神楽殿から降りる階段の途中に、ハルちゃんを座らせた。
 階段といっても、ほんの三段しかないのだが。
「しっかり念を込めましたから。あなたの大切な──」
「ストーップ。それ以上は言わなくていいから」
 何か、色々と大変なことになるらしい。よくわからないけれど。
「あ、そうそう……」
 乃梨子さまを見上げるハルちゃん。
 座ったハルちゃんの前に乃梨子さまが立っているので、必然的にそうなる。
「ん? 何?」
「私、これで当分時間が取れますから。お手伝い出来ます」
 きょとんとする乃梨子さま。
 鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな感じで、失礼ながら可愛かった。
「年末年始はアレですけど、学校も冬休みですし……特に行事もないですよね?」
「あ、うん……特にないよ」
 都は、ふと気がついた。
 乃梨子さまの普段下級生に接する、優しくてたおやかな態度じゃなくて、こうストレートに感情が表に出てるというか。
 もちろん、優しくないわけじゃないけれど。
「……あれは、乃梨子さんの地よ」
 声に出したわけじゃないのに、都の疑問に可南子さまが答えてくれた。
「あの子、凄いわね。乃梨子さんのかぶっていた猫、簡単に脱がしてしまったわ」
 白い薔薇の猫らしい。
 言われてみれば、白薔薇さま──志摩子さまに雰囲気といい言葉遣いといい、とても似ていた。
 単に似たもの姉妹だと、都は思っていたのだが。
 こうなりたいと目指すものがあるならば、まずは真似てみるのが、上達への近道らしい。
「……あ」
 乃梨子さまの手が動いた。
「ハル、これ……欲しい?」
 乃梨子さまがポケットから出したのは、白薔薇のロザリオ。
「欲しい。喉から手が出るほど欲しいです」
 間髪入れずに、ハルちゃんは即答した。
「これが……白薔薇のロザリオ……だから?」
「ん~、それが乃梨子さまのロザリオだから、です」
「白薔薇云々は関係ない、ってこと?」
「まあ……」
 頭をポリポリ掻きながら、ハルちゃんは笑った。
「乃梨子さまのロザリオにゃ、もれなく白薔薇の称号がついてくる……ってことは百も承知ですけどね」
「……重いわよ?」
「でも、乃梨子さま、後悔してないでしょ?」
 ハッと目を見開く乃梨子さま。
「あのね、乃梨子さま。御輿は、一人じゃ担げないんですよ……」
 まるで雷にでも打たれたかのように、乃梨子さまは硬直した。
「たとえ、称号を背負うのは一人だとしても、助けてもらったりするのが駄目ってワケじゃないだろうし。みやっちや歌乃っちなら、何も言わなくても手を差し伸べてくれるだろうし」
 もちろん、都たちに何があってもなくても、ハルちゃんは手を差し伸べると言ってくれた。
「薔薇さまは……御輿……?」
 呟く乃梨子さまに、ハルちゃんはニヤリと笑った。
「紅薔薇さまなんて、担ぎ甲斐があると思いません?」
 ああ、確かに血縁だ……誰とは言わぬが。
 でも、もう少し、言い方ってものがあると思うのよ? ハルちゃん……。
「祐巳さま……確かに、祐巳さまのためならって動く生徒に事欠かないわね」
「私は、乃梨子さまの御輿、率先して担ぎたい。一人でだって、担いでみせる」
 ハルちゃんは拳を握り締めて力説するが、そんなハルちゃんを見て乃梨子さまはプッと吹き出した。
「……言ってることが、違うじゃない」
 二人、見合って笑う。
 一通り笑って、そして静かに見つめ合って。
「これ、掛けても、いいのね?」
「はい」
 しゃらりと音がして、ハルちゃんの首にロザリオが掛かる。
 巫女装束なのは、この際置いておいて。
 でも、案外いいかも……って思うほど、よく似合っていた。
 よかったね、ハルちゃん。本当に……よかったね。
 そして、霞がかかったかのように、都の視界がぼやけた。
 ぽたぽたと、足下で音がする。
 雨でもないのに、都の頬を伝って流れるものがある。
「……ほら、これでお拭きなさい」
 そう言いつつも、可南子さまは都の頬を、手にしたハンカチで拭ってくれた。
「可南子さま……」
 都がトンと額を預けると、果たして可南子さまは優しく抱き寄せてくれた。
「困った子ね……」
 言葉とは裏腹、可南子さまは都の頭を、髪を、ずっと撫で続けてくれた。
 都が泣き止むまで。そして、泣き止んでも。
「……あら?」
 声を上げたのは、誰だったか。
 はらはらと、季節外れの
落ち葉が、都たちに降り注ぐ。
「今頃落ち葉? 枯れてるのかしら?」
「いや、そうじゃないよ」
 誰にともなく、宮司さまが説明してくれた。
「これは楠だから、新芽が出てから葉を落とすのさ」
「柏と同じく?」
 お姉ちゃんが間の手(あいのて)を入れた。
「そう。次代に繋ぐって意味もあるから縁起物でね。神社には欠かせない木なんだが……」
 それにしてもと、宮司さまも首を捻る。
 そして、ポンと手を打った。
「ああ、これ、姉貴が生まれたときに植えたって木だ。なるほど……」
 宮司さまのお姉さんといえば、ハルちゃんのお母さんで……。
「……まさか、木を通して見てるってことはないだろうなぁ?」
 そんなオカルトチックな……とも思ったが、あり得ない話じゃないな、と、都だけじゃなく、そう思った。
 大体、話し声など聞こえないほど離れている場所の会話を、しっかりと耳にした矢先のことだから。
「まあ、いいか。みんな社務所に来なよ。フルーツタルト、食べるだろ?」
 長居すると覗いてたのがバレるから、と、宮司さまが恐ろしいことを言った。


 ──そして、しっかりバレていた。


 翌朝。
早朝の朝露に濡れる境内の玉砂利を踏みしめる音がした。
 ガランガランと鈴を鳴らし、パンパンと乾いた拍手を響かせたのは、深い色のアンティークなセーラー服に身を包んだ、綺麗に切り揃えられた黒髪ボブの少女。
 少女が社務所の前まで来ると、ちょうど扉が開き、同じ服を着た少女が飛び出してきた。
 所々色が抜け落ちた髪は、毛先が若干カールして、緩やかなウェーブを描こうとしていた。
「……ハル?」
 黒髪ボブの少女が、先に声を出した。
「あ、お……お姉さ……ま?」
 慌てていたのかびっくりしたのか、ハルちゃんはごきげんようもすっ飛ばしてしまった。
 まあ、乃梨子さまにつけられた新しい称号で呼べたことは、褒められるだろう。
「どうしたの、その頭は……」
 昨日までの艶やかな黒髪が、半分ほど何処かへ行ってしまったようだった。
「ん~、昨日洗ったら、こうなりました」
 ストレートパーマもカラーリングも、実は一日保てばいい方だとか。
 仕方がないとはいえ、高くつくものだ。
「ん、まあ、いいけどね。どんな格好でもハルはハルだし」
 乃梨子さま、小さな溜め息を一つ。
「で、その手の中のものは?」
「あ、これですか?」
 それは、二口くらいで食べられるような、小さなおにぎりだった。
 お米がピンク色だったり、何か色々と混ざっていたり。
「ひょっとして、お赤飯……とか?」
「あ、いえ。うち、雑穀米なんで……てか、米じゃないですね、もう」
 赤米という古代米に、麦、粟、稗など、色々と炊き込んであるそうだ。
「もっとめでたいじゃないの。それ……」
 呆れたって感じで、クスクスと笑う乃梨子さま。
 でも、その微笑みは柔らかくて、その場に都が一緒にいたら、きっとまた泣き出してしまっただろう。
 そんな、温かく包まれたような雰囲気だった。
「あ、お一つ如何です?」
 ハルちゃんは鞄から巾着袋を取り出して、乃梨子さまに差し出した。
 でも、乃梨子さまは首を横に振り、食べかけのおにぎりを持つ手を取った。
「これがいいわ……」
 そのままハルちゃんの手を口元に持って行き、乃梨子さまはハルちゃんの食べかけおにぎりを食べてしまった。
「え、え?」
 ハルちゃんがパニクるのも、無理はなかった。
 だって、結果的に乃梨子さまは、ハルちゃんの手に口付けする形になったから。
「ん、ごちそうさま。……どうしたの?」
 顔を真っ赤にして固まるハルちゃんに、しれっと言う乃梨子さま。
 でも、乃梨子さまの耳が真っ赤だったことには、ハルちゃんは気づかなかったようだった。
「あ、いや、その……」
 ハルちゃんは、慌てて話題を変えた。
「今日の生徒集会、私は何をすればいいんです?」
「何もしなくていいわ」
 乃梨子さまは、きっぱり言い切った。
「ただ、私の後ろに控えて立っていれば、それだけでいいの」
「はい」
 満面に笑みを湛えて、ハルちゃんは返事をした。
「よし。じゃあ、行こうか、ハル」
「はい、お姉さま」
 差し出された乃梨子さまの手を、ハルちゃんは取った。
 そんな初々しくもしっかりと結ばれた新米姉妹を、きっとマリア様も何処かで見ていることだろう。
 さすがに、境内には見あたらないけれど……。


 でも、見ていたのは、どうやらマリア様だけではなかったようで……。
 鳥居をくぐって通りまで出ると、バス停前のベンチに同じ制服を着た二人の少女が座っているのが見えた。
 とても仲むつまじく見えたから、きっと姉妹なのだろうとハルちゃんは思ったのだが……。
 その考えを否定するかのように、乃梨子さまの歩みが止まった。
 繋がれた手からハルちゃんが感じたのは、わなわなと震わせる乃梨子さまの肩の動き。
「はい、祐巳さん、お一つどうぞ」
 二つに分けられるチューブ状のアイスキャンディー、その片方を口にして、もう片方を差し出しているのは、誰あろう白薔薇さま──志摩子さまだった。
「ん? 私、そっちがいいな」
 たった今、志摩子さまの口にあったものを、わざわざ祐巳さまは口にした。
 これって、間接キ──。
「祐巳さまっ! 何なさってるんですかっ! お姉さままで……」
 キレた乃梨子さまに、祐巳さまはアハハと笑った。
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。いい朝だねー」
「ごきげんよう、祐巳さま。何すか、その棒読みな台詞は」
「ハハハ。これあげるから、勘弁してちょ」
「……見てましたね? 見てたんですね?」
 差し出された手つかずのアイスキャンディーを奪い取るも、乃梨子さまの怒りは治まらなくて。
「祐巳さんったら、段々お姉さまに似てきたわね」
 などという志摩子さまの声も、乃梨子さまの耳には届かなかったようだった。


 生徒集会──山百合総会は、一限目の授業を潰して行われた。
 講堂の壇上には、薔薇さま方が三名。
 つぼみとその妹たちは、一般生徒の列の横に控えて立っていた。
 そこには昨日まで空席だった『白薔薇のつぼみの妹』の姿もあったのだが、それに違和感を訴える人は、誰もいなかった。
 あるべくしてある、なるべくしてなった感じの姉妹だからだろうか。
 総会は都が高等部に入学してから二回目となる。
 紅薔薇さま──祐巳さまが全体の流れを押さえ、白薔薇さま──志摩子さまが各所から集まった議案を提示し、黄薔薇さま──由乃さまが質疑応答と採決を担当。
 それがスタンダードな議事進行の流れであり、今回もその流れで行くものと思われていたのだ。
 そんな矢先、志摩子さまが動議を提示した。
「先日発行されたリリアンかわら版において、事実と異なる記述によって、特定の生徒が誹謗中傷されるという事件が起きました。山百合会はこの件を重く見て、新聞部に対して謝罪と再発防止策の書面による提出、並びに一定の罰則を求めたいと思います」
 感情の起伏も見せず、淡々と述べる志摩子さま。
 だから、より一層、事態が重く感じられたのだった。
「只今の動議について、否認される方は挙手を……ああ、ありがとう。手を下ろして結構です」
 こちらも、淡々と議事を進行させる由乃さま。
 誰も手を挙げなかったので、手を下ろしてよいという言葉は通り一遍の形に過ぎない。
 もっとも、新聞部の部長である山口真美さまが壇上に控えていたので、誰かの挙手があっても議題となっていたのだろうが。
「新聞部部長、何かありますか?」
 由乃さまの言葉に、真美さまが演壇に出て、マイクに向かった。
「まず、先日発行されたそれは、正確には『リリアンかわら版』ではありません」
 真美さまの言葉に、講堂の中はザワッと沸いた。
 まさか、責任逃れでは? という声が大半を占めたけれど。
「しかしながら、新聞部の機材によって発行されたものであることは間違いない事実であり、その監督責任を怠った非は部長である私にあります……」
 言葉に詰まる真美さま。
 その姿を見てか、さっきまでざわついていた講堂は一変、水を打ったような静けさに包まれた。
「……生徒のために……リリアンの生徒のためになるはずの発行物が、あろうことかその生徒を誹謗中傷するための道具に使われるなんて……」
 かろうじてマイクに乗った呟きの声が震えていたのは、怒りのせいなのか悲しみのせいなのか。
 きっと、真美さまは悔しかったのだろう。
 謝罪することが、ではなくて。
 都にもそれが伝わったから、もういいやって思えた。
 後は、紅薔薇さまが──祐巳さまが、何とかしてくださるだろう。
「全校生徒のみなさん、紅薔薇のつぼみ、そして文中に出ていた該当生徒の方、このたびは本当に申し訳ありませんでした」
 そう言って、真美さまは演壇に叩きつけるような勢いで、深々と頭を下げた。
 静まりかえった講堂の中、真美さまはただ頭を下げ続けていて。
 何かのきっかけがない限り真美さまは頭を上げないだろうことは、講堂中の誰にもわかっていたけれど……。
 時間にして数秒もないだろう、思わず都は拍手をしていた。
 謝罪に対して拍手というのも変だけれど、無意識のうちに手が動いていたのだ。
 都一人の拍手は、二人、三人と広がり、やがて講堂中が割れんばかりの拍手に満たされて、そしてようやく真美さまは頭を上げたのだった。
「……さて……」
  ため息混じりに、由乃さま。
 その声に、真美さまは壇上の自分の席へと戻っていった。
 それを見届けて、はい、と挙手した志摩子さまに、由乃さまは水を向けた。
「白薔薇さま、どうぞ」
「はい。蛇足ながら、今回の件について、学園長より書状を預かっています」
 志摩子さまは封筒を取り出すと、中の書状を読み上げた。
 それは、学園長が、都とその家族に宛てた謝罪文だった。
 都の行為は学園の規則に何ら違反するものではないことと、他の生徒も各家庭の手伝いを率先して行うことを奨励する一文も記述されていたのは、この際置いておいて。
「これは後ほど、その生徒にお渡しします」
 そう言って、志摩子さまは発言を締めた。
「では、これをもって新聞部の謝罪と認めます。反対の人は挙手を……はい、どうも」
 当たり前のことながら、誰も手を挙げなかった。
「では、続いて、今回に対する処罰を……」
『え?』
 思わず声を上げたのは、都だけではなかった。
 誰もが、この件はこれにて一件落着と思っていたから。
「……紅薔薇さまに一任したいと思います」
 ざわざわと喧噪が講堂を支配する中、淡々と、由乃さまは続けた。
「……静粛に」
 演壇に出た祐巳さまは、ちょっぴり……いや、かなり不機嫌そうに、口を開いた。
 途端に静まる生徒たち。
 それを確認して、強い口調で祐巳さまは言った。
「今回の件について、以下の二点をもって新聞部への処罰とする。一つ、早急に今回の件に対する謝罪文と再発防止案を書面により提出すべし。提出書類は山百合会幹部が責任を持って学園内掲示板に掲示し、それをもって第一の処罰は終了とする」
 一つ目は、ある意味処罰とはいえないものだった。
 よく聞けばわかるのだが、志摩子さまの提示した動議では、提出は再発防止『策』であり、それに対して祐巳さまの求めたものは再発防止『案』である。
 若干、内容のハードルが低くなっているのだ。
 でも、次の内容を聞いて、誰もが耳を疑った。
「一つ、新聞部は、今学期中の部活動を禁止する」
『えっ?』
『うそでしょ?』
『重すぎない?』
『妥当よね』
『むしろ軽すぎない?』
 十人十色の異口同音(?)だから、途端にやかましくなる。
 そんな講堂中のざわめきを、祐巳さまは生徒たちを一瞥して止めた。
「これを最終決定として、以後生徒、教職員、保護者各位に至るまで、何人たりとも異議申し立てを一切認めない。以上」
 場内騒然とは、まさにこのこと。
「以上で、本日の山百合総会を終了します」
 マイクに乗った由乃さまの言葉で、急かされるように講堂を後にする生徒たち。
 だから、ほとんどの人が気づかなかったのだ。
 壇上から戻る祐巳さまに対して、真美さまが深々と頭を下げていたことなど。
 そして、流されるように連なって講堂から教室に戻る生徒たちには、
出入り口の脇にある掲示板に目を留める時間も余裕もなくて。
 だから、ほとんどの人が気づかなかったのだ。
 
そこに真新しい掲示物が二枚ほどあったことなど。


 一限目の残り時間もまだあることから、教室に戻った生徒たちは朝のホームルームを受けることとなった。
 とはいえ、山百合総会の余韻が残っていて、担任が来るまでの間は各教室とも騒然となっていたのだが。
 それは、当事者(?)のいる一年桃組といえど、程度の差はあれ例外ではなかった。
 耳に入るのは、新聞部への処分が妥当なのかどうか。
 口を開く当人たちは内緒話のつもりでも、それがクラス全員ともなれば、やっぱり騒がしくなるのは当然で。
 でも、それはそんなに長くは続かなかった。
 新聞部員の地野京華さんが、都の席までやってきたからだった。
「ごめんなさい、都さん」
 深々と頭を下げる京華さんに、逆に都が狼狽した。
「あ、あのね、京華さん?」
 とにかく、頭を上げてもらわねば。
「かわら版のことなら、私は何とも思ってないから。うん、大丈夫」
 はっきりと言い切った都に、えっ? と声を上げたのは、京華さんばかりではなかった。
 気がつけば、都たちの周りをクラスメイトが囲っていたから。
 そして、みんなの視線は、都に説明を求めていて。
「あー、だからね、京華さんがあの記事書いたわけじゃないし、新聞部としてなら部長の真美さまが謝ってくださったし、それに……」
『それに?』
 クラスメイトが全員でハモる。
 仲がいいのは、いいことだけれど。
「それに、紅薔薇さまの宣言もあるし、ね?」
「……そうか、そうよね」
 伝家の宝刀。祐巳さまのお名前。
 それで京華さんは何も言えなくなったが、今度はクラスメイトたちの口が開きだす。
「紅薔薇さまのお言葉といえども、ちょっと重くない?」
 新聞部に対する処分。
 今学期中の部活動停止。
「妥当、じゃないかな?」
 騒然とする教室を沈静化させたのは、ハルちゃんの一言。
 そして。
「京華さんには申し訳ないけれど、私はむしろ軽すぎるんじゃないかと思うわ」
 静寂化というよりも沈黙化させたのは、今まで無言だった歌乃ちゃんの言葉だった。
「あ、あのね、歌乃ちゃん?」
 このままでは空気が重くなりすぎて、誰も呼吸すら出来なくなる。
 現に京華さんなどは、息を呑んだまま吐き出せなくなっていたし。
「歌乃ちゃんは、反対なの? その、祐巳さまの判断に」
 都の言葉に、まさか、と歌乃ちゃんは首を横に振った。
「異議というわけではないわ。ただ、私がそう思っただけよ。でも……」
 京華さんをしっかりと見据えて、歌乃ちゃんは続けた。
「そういう意見があった、ということだけは頭に入れておいて欲しいだけよ」
「え、ええ。もちろん、わかっているわ」
 真剣な顔で答える京華さんの肩をぽんと叩いて、歌乃ちゃんは自分の席へと戻っていった。
 それを見て、鈴なりのクラスメイトたちも、銘々の席に着く。
「本当にごめんなさい」
 そして、改めて京華さんは都に頭を下げた。
 無限ループはいやなので、都は話の切り口を変えてみた。
「いや、だから……どうして?」
「約束、破っちゃったから」
「約束?」
 何だっけ?
 全く身に覚えがないのだけれど。
「吊し上げや晒し者にはしないって……」
 小さく溜め息を吐いたのは、そのことを全く覚えていなかった都に対してか、それとも……。
  そんな都の考えも、長くは続かなかった。
「はーい、地野さん、席に戻りなさーい」
 いつの間にやら、担任の鈴原先生が教壇に立っていたからだった。


「──っと。ここまでで、何か質問は……あら?」
 淡々とホームルームを進めていた鈴原先生にも、教室の空気がいつもと違って感じられたようだった。
「静かに聞いてくれるのは嬉しいけれど、みんな元気がないわよ? どうしたの?」
 そう言われても……と、クラスのみんなが一斉に都に、京華さんに、そして歌乃ちゃんとハルちゃんに目を向ける。
「あーっと……」
 頭をポリポリ掻きながら、最終的に声を上げたのは、ハルちゃん。
「泉センセはさ、どう思う?」
「どうって……山百合総会のこと?」
 流石はOG。生徒……いや、後輩たちのことをよくわかってくれている。
「鯨岡さん、白薔薇のつぼみの妹になったのね。おめでとう」
「いや、そうじゃなくて……」
 わかってるわよ、と鈴原先生は笑った。
「紅薔薇さまの裁定には、教員である私も異議申し立ては出来ないって上で訊いているのね?」
 クラスメイトが一斉に頷いた。
「じゃあ、私の個人的な意見を言うと『流石は紅薔薇さま』ね」
『えっ?』
 ほんの一瞬、クラスが騒然となった。
「あれ以上の裁定は、ちょっと思いつかないわね」
「でも先生……」
 手を挙げたのは、さっき裁定が重いと言った子。
「今学期中の部活動停止っていっても、七月になったばかりだから終業式まであと丸々三週間はあります。ちょっと重くないですか?」
  うんうんと頷く生徒たちを見遣って、その数の多さに鈴原先生は軽く溜め息を吐いた。
「あらいやだ、みんなわかってないの?」
 鈴原先生が教室を見回して、一人の生徒に目を留めた。
「前橋さんはわかっているのね。説明する?」
「いえ。先生、お願いします」
「了解。さて……」
 間髪入れずに答えた歌乃ちゃんに、鈴原先生ちょっぴり苦笑い。
「じゃあ、今後の日程を伝えるわね。……あら?」
 期待を裏切られて、大半の生徒が机に突っ伏した。
「泉センセ、説明してよー」
「だから、してるじゃない。ハルちゃんってば失礼ねぇ」
 ぷんぷんと擬音を口で言いながら、鈴原先生は続けた。
「明日は七月二日ですけど、ちょうど期末試験の『一週間前』になります」
 うげ、テスト……と、どこからともなく声がした。
 そして、あっ……という声も、ちらほらと。
「わかった人はわかったみたいね。そう、テスト一週間前から、大会などを控えて特別許可が出てる以外『全ての部活』は活動禁止となります」
 テスト期間は一週間。
 
その後は一週間の試験休みで、試験休みの翌日が終業式。
 テストが終われば部活も解禁だけれど、部活は夏休みに入ってから再開するのがリリアンでの暗黙の了解事とか。
 何処へ行っても他校の生徒とバッティングしないから『姉妹』でお出かけのチャンスらしい。
 ──ということは?
「新聞部には大会とか無いから、当然明日からは処分関係なしに活動禁止でしょ? 実質今日一日だけなのよね、禁止処分って」
 名目上はきっちり処罰して、実際は情状酌量って、それなんて大岡裁き?
 まるで免停講習よねって先生が漏らしたのは、聞かなかったことにしておこう。
 うん。


 試験も無事(?)終わり、試験休みに突入。
 相も変わらず、都は自宅のお店の手伝いをしていた。
 ……お姉ちゃんに睨まれながら。
「あんたねぇ……、一緒に出歩く友達とかいないの?」
 友達は、いる。
 でも、この時期に出歩く……となると、ね。
 町で出会うリリアン生は、大抵が姉妹同伴、もしくは部活や委員会単位の大所帯。
 もちろん一週間ずっとそればかりではないけれど、せっかく『みんなで休む』時期なのだから、大イベント優先であることに間違いない。
 歌乃ちゃんは普段お姉様に甘えていないようだし、ハルちゃんは言ってみれば新婚ほやほや。
 この二人には、ここぞとばかりに姉孝行して欲しいと思うのは、二人のことが大切だから、なのだ。
「そうだぞ、みやちゃん。せっかく学校休みなんだから、のんびりしてろよ」
 厨房の奥から、お義兄さんの声がした。
「だって、お義兄さん。先週丸々休んじゃったし……」
「んなもん、テスト中なんだから仕方ないだろ。てか、テスト前の勉強はよかったのか? 今更だけど」
「うん、大丈夫。しっかり手応えあったし」
「ならいいけどさ。俺としてはもっと遊んで欲しいんだよな。学生のうちは」
「でも、お店、楽しいよ? ってっ」
 などと話していたら、お姉ちゃんに小突かれた。
「都、四番にマスカットティー三つ。モーニングのスコーン、ありったけ持ってって」
 いつの間にか、お姉ちゃんがオーダー取ってきていた。
「あ、はーい。スコーンありったけ……って……え?」
 カウンターから覗いてみると、そのボックス席にいたのは、歌乃ちゃんともう一人。
 髪型からして、瞳子さまに違いなかった。
「いらっしゃいませ、瞳子さま。歌乃ちゃん」
「お邪魔しているわ。美味しい紅茶が飲みたくて」
 にっこり微笑む瞳子さま。
 外戚とはいえ、天下の小笠原グループの一角をなす松平家のお嬢さまである瞳子さまだから、その舌はかなり肥えている。
 そんな瞳子さまが喜んでくださる紅茶を淹れられたならば、少しは自信持ってもいいよね?
 でも、テーブル席二名に対して、紅茶は三杯。
 ……あれ?
 振り向くと、カウンターの中でお姉ちゃんが手で合図してた。
 ──混ざれ、って。
 いや、お邪魔虫にはなりたくないんだけど……。
「ふむ、美味しそうなの食べてるね」
 背後からの声に驚いて、そして振り向いてさらに驚いて。
「……全く、本当に鼻が利くのね。乃梨子って……」
 そう言いつつも、瞳子さまは席を奥へと移動した。
「悪いわね、お邪魔して」
 さも当然って顔で、瞳子さまの隣に座る乃梨子さま。
 言葉と行動が伴ってませんから……。
「歌乃っち、それは?」
 そして、当然ながら歌乃ちゃんの隣にはハルちゃんが……。
「マスカットティーよ。『本日のおすすめ』ですって」
「じゃあ、私もそれ。お姉さまは?」
「……二つ追加、ね」
「いや、四つ」
『えっ?』
 乃梨子さまの声に被さるように、由乃さまの声が……由乃さま?
「妹とデートしようと思ったら、先約があるからって振られちゃって。聞けば友達も同じ状況だったから、あぶれ者同士で美味しいものでも食べに行くかってことで、ね」
「奇しくもみんな揃ってしまったのね」
 と嬉しそうに言うのは、あぶれ者の片割れ(失礼)である志摩子さま……。
 てなわけで、組み合わせは様々、取っ換え引っ換え。試験休み中、うちのお店は薔薇の館と化したのだった。


 でも、紅薔薇姉妹のお姿だけは、拝見することが出来なかった。
 試験休みの一週間ずっと、ただの一度も──。


 そして、終業式。
 明日からは夏休みということもあり、学園内で見かける生徒の誰もが浮かれていた。
 ほんの数秒前までは、どん底の気分だった都でさえ。
「みゃあちゃんっ」
「にゃあっ!」
 マリア様の前で祈っている最中の都に抱きついてくるお方など、リリアン広しといえども一人しか知らない。
「ゆ、祐巳さまっ?」
「ごきげんよう。待ってたよ」
 何時から? てか、ここで?
困惑する都をよそに、祐巳さまは手提げバッグの中から紙袋を取り出し、都に手渡した。
「はい、みゃあちゃん、お土産」
「ありがとうございます。……お土産?」
 袋の中には、可愛い瓶と、さらに小さな紙袋。
「ごきげんよう、お姉さま、都」
「あ、ごきげんよう、可南子さま……」
 挨拶もそこそこ、可南子さまの手が都のタイに、髪のリボンに伸びてくる。
「可南子も相変わらずだねぇ。はい、お土産」
「如何でしたか? 軽井沢は」
 軽井沢?
「ゆったりのんびり、ごろごろしてたわ。お姉さまもね」
 と、笑いながら祐巳さま。
 お姉さま……祥子さまとご旅行でしたか。
 聖さんとではなく……って、あれ? じゃあ、可南子さまは?
「で、可南子の方は?」
「ええ、おかげさまで。かなりキツかった分、収穫はありました」
 今度は可南子さま、紙製の大きなショッピングバッグに手を入れて。
 取り出したのは……『ちまき』?
 笹の葉に巻かれた物が房のようになっている束を、祐巳さまと都にそれぞれ手渡した。
「あ『笹だんご』だ。好きなんだよね、これ」
 祐巳さま曰く、ちまきの中に小豆が入った、新潟名物の……新潟?
「新潟って、可南子さま?」
「ああ、父の実家が新潟なのよ。もっとも、父はそこに住んでいるけれど……」
 可南子さまって、お母さまと二人暮らしって聞いてたけれど……あれ?
「で、決めたの? 可南子」
「はい、決めました。やっぱり……」
 そう言って、可南子さまは都を見た。
 目が合った瞬間、否応もなく都は不安に襲われた。
 可南子さまの表情は不安そうでいて、でもその瞳は確固たる意志を秘めていて。
 一言では言い表せないような複雑な表情をなさっていたから……。
「ならば、貫く事ね。何があっても……」
 都に渡したものと同じ紙袋を、可南子さまにも手渡して。
「じゃあね」
 可南子さまの返事を聞くこともなく、祐巳さまはこの場を後にした。
 背中越し、挙げた祐巳さまの右手には、きらりと光る細いシルバーのブレスが。
 なんだか、格好いいなぁ、祐巳さま。


 今日は一日、都の心はジェットコースターのように目まぐるしく上昇下降を繰り返しているみたい。
 寂しかったり、嬉しかったり、不安だったり、そして……。
 祐巳さまのお土産の中身は、有名処のジャムと、シルバーのブレスレット。
 可南子さま曰く、みんなお揃いとのこと。
 でも、同じく祐巳さまからお土産をもらった歌乃ちゃんもハルちゃんも、袋の中はジャムの瓶だけ。
 ちなみに可南子さまの笹だんごも、一房丸々頂いたのは祐巳さまと都だけ。
 ほかのみんなは薔薇の館で数個ずつ分けたそうだ。
 だから、ちょっぴり──いや、かなりの優越感に浸っていたのも事実。
 だから、その分、叩き落とされたときの落差は激しいものだった。
「み、都さんっ!」
「は、はいっ?」
 血相を変えて教室に飛び込んできたのは、新聞部の京華さん。
 今日で部活動禁止も解けるから、と、かなり上機嫌だった……はずだが。
「い、今、お姉さまに聞いてきたんだけどっ! か、可南子さま……」
 京華さんのお姉さま、新聞部の山南夏芽(やまなみなつめ)さまといえば、可南子さまのクラスメイトだったはず。
「可南子さま?」
「そ、その、可南子さまっ。紅薔薇のつぼみっ! 転校なさるって」
『えっ?』
 クラスの誰もが、京華さんの言葉を耳にしたクラスの誰もが、我が耳を疑った。
「だからっ! 紅薔薇のつぼみが、リリアンをお辞めになるって……」
「う、うそ……でしょ?」
 無情にも、京華さんは首を横に振る。
 がたんと大きな音がした。
 しっかり座っていたはずの椅子から、都は転げ落ちていたらしい。
 崩れるように倒れ込んだ都の右手の首には、祐巳さまとお揃いの、可南子さまとお揃いの銀の鎖が、鈍く光っていた。


à suivre...