Heaven's Gate #7

 


「ロ、ロサ……フェティ……ダ? どうして?」
 歌乃ちゃんの家の玄関扉を開けて、都たちを出迎えたのは、黄薔薇さまだった。
「ん? 貴女たち、歌乃の見舞いに来てくれたんでしょう?」
「え、ええ、そうですけど……」
「じゃあ、お上がりなさいな。今、寝てるけど……」
「お、お姉さまっ!」
 さらに都たちを驚かせてくれたのは、奥から黄薔薇のつぼみこと松平瞳子さまが現れたからだった。
「どうしたの、瞳子。落ち着きなさい」
「あ、あの、歌乃が目を覚まして……」
「で?」
「喉が渇いたと言って。何を与えたらよいのでしょう?」
「はぁ? 水でも飲ませておけばいいでしょうが」
「水って、ミネラルウォーターですね? ペットボトルを……この場合、エビアンとペリエの、どちらがよろしいのですか? お姉さま」
「うるさいわっ! 水道水でも飲ましときなさい──っていうか、貴女が飲んで、落ち着きなさい」
「ひ、酷いですわ、お姉さま。お姉さまは、歌乃の事が可愛くありませんのね? ああ、何て可哀想なのでしょう。私の歌乃……」
 と、瞳子さまはよよよっと泣き出してしまったので、ハルちゃんがオロオロと、珍しくパニクっていた。
 い、今、さり気に爆弾発言なさいませんでした? 瞳子さま……。
「ええいっ! 嘘泣き、やめいっ!」
 今度は、黄薔薇さまが瞳子さまにチョップ。
 これには、都が驚いた。
「っつ~っ、お姉さま、今、本気で叩きましたわね?」
 マジで涙目の瞳子さま。
「芝居やってる場合かっ。早く、何か飲む物を持って行きなさい」
 リリアン演劇部の副部長で、看板女優の瞳子さま。
 宝塚でいえば、トップ娘役。
 ハルちゃんは、一瞬マジで泣いているのかと思ったらしい。
「そ、そうでしたわ。お姉さま、何を持って行けばよろしいのでしょう?」
「……瞳子、マジで言ってるの?」
「ええ。私の家では、誰が風邪をひいても、私は近づく事を許されませんので」
 突然のアドリブはともかく、瞳子さまは、本気で歌乃ちゃんを心配していた。
 そして、やんごとなきお嬢さまである瞳子さまは、風邪ひきさんの看病など、生まれてこの方一度もした事がないのだろう。まさに、今が初体験。
 だから僭越ながら、都が口を出したのだ。
「あの、私たち、色々と持ってきましたので……」
「あ、うん、そうね。私も瞳子も、料理とか家庭科は殺人級だから。ここは貴女たちに任せるわ」
 そう言って、黄薔薇さまは、都たちを招き入れてくれた。
 ──歌乃ちゃんの家に。


「歌乃? 大丈夫?」
「あ……とーこさま……」
「声は出さなくていいから。喉、辛いのでしょう?」
 瞳子さまは、歌乃ちゃんのベッドの脇に座り、手に持った小鉢を差し出……さずに、ティースプーンで、ペースト状のものを掬い上げた。
「ほら、口を開けなさい」
「じぶん……で、たべます……から……」
「いいから、口を開けなさい。ほら……」
 顔を真っ赤にして、口を開ける歌乃ちゃん。
 熱のせいだけではないような──。
「どう? りんごをすりおろした物だけれど……」
 一口食べて、歌乃ちゃんは瞳子さまに訊ねた。
「……みや、来てるの?」
「ええ……でも、何故?」
「りんごの中にレモンを落とすの、みやの味だから……」
「彼女に教えてもらって、私が作ったのよ」
「そうかぁ……ねえ、瞳子さま?」
「何?」
「もう一口、欲しい……」
 そう言って口を開ける歌乃ちゃんに、瞳子さまはにっこりと微笑んだ。


 卒業された前黄薔薇さまの支倉令さまが、歌乃ちゃんのご飯を作りにきたという事で、歌乃ちゃんが起き上がってきた。肩にニットのショールを羽織って。
 だから、歌乃ちゃんちの食卓には、昨年度の黄薔薇ファミリーが勢ぞろい。
 瞳子さまは、都たちと同じく学校帰りにそのまま立ち寄ったという制服姿だったが、リリアン女子大在学中の令さまはともかく、何故か今日学校に行っていたはずの黄薔薇さまこと島津由乃さまが私服なのは、どうにも解せない。
 いや、スゥエット風の、厚手のTシャツにデニムのミニスカートという格好は、とてもカッコよく、とても似合っているけれど……。
 そういえば、この中で唯一幼稚舎からのリリアンではないハルちゃんが、何か物言いたげな様子で、じっと我慢していた。
「……何が言いたいか、わかっているわ。ハル。みやも……」
 都まで、それが思いっきり顔に出ていたようだ。
「ちょうどいい機会だから、二人には言っておくわ。私、こちらの松平瞳子さまの妹になったから」
 相変わらず有無を言わせないタイミングで、歌乃ちゃんは重要事項を告げる。
 幼稚舎からの付き合いで慣れている都にしても、やっぱり心臓に悪い。
「……なんとなく、そうじゃないかとは思っていた」
 とは、ハルちゃんの弁。気づかなかったのは、都だけらしい。
 歌乃ちゃんが、薔薇の館で、あまりにも堂々とした態度だったのは、そういう訳だったのだ。
 そして、それは、紅薔薇のつぼみである細川可南子さまにも周知の事。
 だから、そこにいて当然だったから、可南子さまは歌乃ちゃんにさしたる興味を示さなかったのだ。
 都がいた事の方が、明らかにびっくりされていたし。
「あと一つ、訊いていいかな? 歌乃っち」
「何? ハル」
「……いつから?」
「入学式からよ。帰りがけに、瞳子さま──お姉さまから、ロザリオを頂いたわ」
「ふーん」
 納得したって顔で、ハルちゃんは黙ってしまった。
 言われてみれば、都もそれは納得だ。
 中等部では三年連続で首席だった歌乃ちゃんが、瞳子さまの目に留まらないはずがない。瞳子さまは瞳子さまで、高等部一年の時には、すでに妹にする子を決めていると、去年のリリアンかわら版で語っていたから。
 だから、それは、まあいい。
 黄薔薇のつぼみの妹になったからって、歌乃ちゃんは歌乃ちゃんだから。
 いくら告白前とはいえ、今までの態度に全く変化がないのだから。
 でも、それだけで黄薔薇さまや、ましてや卒業されたOGまでもが見舞いに来るとは、いくら思考回路がおめでたい(と言われる)都にだって納得が出来ない。
「みや、何が訊きたいの?」
 相変わらず、歌乃ちゃんは、都の事がお見通しらしい。
 だから、臆せず訊いてみる事にしたのだ。
「何故、黄薔薇さまがここに? しかも私服で……」
『えっ?』
 顔を見合わせた歌乃ちゃんと黄薔薇さま。
 そんな二人に、前黄薔薇さまの令さまが割って入った。
「話は、食事終えてからにしなよ。由乃も、歌乃も」
 令さま、大きな土鍋をテーブルに置いた。
 中には熱々のお雑炊。みんなの分もあるらしい。
「ん、令姉ぇ、ありがとう」
(令姉ぇ~?)
 ハルちゃんも、思った事は同じらしい。
 二人とも声を出さずに済んだのは、奇跡と言ってもよかった。


 食事の後、黄薔薇さま方と歌乃ちゃんの三人で、色々と話をしてくれた。
 それは、歌乃ちゃんの生い立ちといってもよかった。
「歌乃のお父さんが警察官だって事は、知ってるよね?」
 令さまの問いかけに、都は頷いた。
 単なるおまわりさんじゃなく、白バイ隊員だという事も、都は知っていた。
「白バイ隊員って、武道全般強くないとダメなんだ。有段者じゃないと、隊員にはなれないんだよ。歌乃のお父さんは、学生時代から剣道をやっていて、うちの道場に通っていたんだ」
 令さまの家は、剣道の道場をなさっている。それも、歌乃ちゃんの家のすぐ近所で、玄関出たら見える距離に。
「で、令ちゃんの従妹の私は、その隣に住んでいるの。私は小さな頃から心臓が悪くて、入退院を繰り返していたわ……」
 普通、人間の心臓は、生まれた直後には右心房と左心房を隔てる壁に、穴が開いているらしい。呼吸をしない胎児の頃は、そうでないと都合が悪いらしい。
 オギャーとこの世に生まれて、呼吸をするようになると、その穴が塞がるのだ。
 今度はそれが塞がらないと、肺で得た酸素を血液が体内に運べなくなるらしい。
 その辺の詳しい事は、家庭の医学とかインターネットで調べてもらうとして。
 黄薔薇さまの場合、それが大人になっても塞がらない病気だったとかで、高等部一年の冬に手術して、やっと普通の生活が出来るようになったとか。
「心臓が原因だったのは初等部に入ってからわかったんだけど、やっぱり子供の頃から不調は出るから。二歳の時だったかな? 私が初めて入院したのは」
 ちょうどその時、歌乃ちゃんのお母さんも、その病院に運ばれてきた。
 そして、歌乃ちゃんを出産。
「由乃ったら、新生児室の歌乃を見ては、病院の売店に親を引っ張って行ったのよね。そして、赤ちゃんグッズを手に取って『か~の、か~の』って騒ぐ騒ぐ」
「お、覚えてないわよ、そんな事」
 令さま三歳、ギリギリ記憶にある年齢か。
「まあ、由乃は本当は『赤ちゃんの』って言いたかったらしいんだけどね。それを親たちが何を思ったか、この子に『歌乃』って名前を付けたのよ」
「だから、由姉ぇが、私の名付け親なの。感謝してます、お母さま」
 クスッと笑う歌乃ちゃんに、黄薔薇さまがムッとした。
「私は、アンタなんか産んだ覚えはないわっ」
 ぺろっと舌を出す歌乃ちゃんに、みんなが大笑い。
 生まれた時から一緒なら、仲がいいはずだ。
 歌乃ちゃんが以前から言ってた『身体の弱い幼馴染み』っていうのは、黄薔薇さまの事だったんだ。
 まあ、今まで教えてくれなかったのはアレだけど、それがわかった今は、騙されたって気分じゃなく、歌乃ちゃんの幼馴染みが生きていて本当によかったと、都はホッと胸を撫で下ろしていた。
「私、大好きな人たちに囲まれて、本当に幸せよ。まるでのようだわ」
 そんな事を呟く歌乃ちゃんに、瞳子さまがチョップを~?
「歌乃、そんな安い夢を見るのはおよしなさい。私たちは、こうしていつも貴女と一緒にいるのだから」
「はい、お姉さま」
 その返事に、瞳子さまはとても満足そうな顔をして微笑んだ。
 歌乃ちゃんが、初めて瞳子さまを『お姉さま』と呼んだ、記念すべき日だった。


「じゃあね、歌乃っち。早く治しなよ?」
 病人の家に長居も何だから、都たちは帰る事にした。
「ありがとう、ハル。色々とごめんね。みやも……」
「うん。暖かそうなショールでいいね、それ。どなたかの手作り?」
 去年のリリアンかわら版で、情報は手に入れていた。
 そこから察するに、歌乃ちゃんの手芸全般の巧みさは、黄薔薇さま譲りだろう。
 都は冷やかしたつもりだが、渋い顔をしたのは、何故か令さま。
「本当は、由乃に教えたつもりなんだよね。編み物。でも、何故か傍にいた歌乃の方が覚えちゃって。こんな事なら、教えるんじゃなかったよ」
「えっと……? 手芸が趣味なのは、黄薔薇さま──由乃さま、では?」
 三年連続ミスターリリアンの称号を持つ令さまは、中等部でも大人気だった。
 だから、お二方の特集記事は、それこそ穴が開くほど読んでいた。
「ああ、昔のリリアンかわら版なら、アンケート結果が逆になってたのよ」
 歌乃ちゃんの言葉に『そういえば……』と、令さま方も思い出す。
「そ、そうなんだ。私、てっきり黄薔薇さまから教わったと思ってたよ。実はそのショールだって、黄薔薇さまのお手製で……あれ?」
 見た事のある毛糸で編まれた、そのショール。
 つい最近、いや、昨日は確か、マフラーだったはずでは?
「雨に打たれてずぶ濡れだってのに、ろくに身体も拭かずに編み物してるんだからなぁ、この子は。それに夜更かし重ねたら、誰だって風邪っぴきコースだよ」
 夜通し編んでマフラーをショールにして……で、風邪ひいてショール羽織って。
 役に立ってるのか何なのか、よくわからない。
「よかったら、みやにも編もうか?」
「いいえ、結構。さっさと風邪治せ!」
 そして、歌乃ちゃんのおでこを全開にさせ、熱冷ましのシートをペタンと張る。
 思わず怒鳴ってしまったけれど、みなさまから拍手を頂いた。
「さて、私も帰るわ。大事にね、歌乃」
「はい、お姉さま。ありがとうございます」
「全く、勘弁して欲しいわ。こんな心配事は……」
 本当に心配している瞳子さまを見て、都もお姉さまが欲しくなった。
 真っ先に浮かんだのは、あの方のお顔。
 でも……こんな心配そうな顔は、似合わないな。きっと。
「じゃあね。ごきげんよう」
 瞳子さまに続いて、都とハルちゃんもバス停方向に歩き出した。
 と思ったら、瞳子さまはバス停方向とは反対側の角を曲がってしまった。
「と、瞳子さま?」
 黒塗りの高級車が音もなく近づき、瞳子さまの前でぴたりと止まった。
 どうやら、瞳子さまのお宅の車だったらしい。
 制服を着て帽子を被った運転手さんが降りてきて、後ろのドアを開けてくれた。
「お待たせ致しました。瞳子お嬢さま」
「ご苦労様」
 そう言って、さも当然のよう、瞳子さまが車に乗り込む。
 いや、それが当然なんだろうけど、まるでTVドラマのようなシチュエーションに、都は驚きを隠せなかった。
 やっぱり、あるんだ。こんな事が、現実に。
「乗りなさい。送るわ」
「えっと……」
「早くなさい。ほら」
 ちょっぴり苛立たしげに、車内から手招きをする瞳子さま。
「どうぞ、お乗り下さい」
 運転手さんにもそう言われては、乗らない訳にも行かない。
 都たちが乗らないと、運転手さんがドアを閉められないのだ。
「すみません、お邪魔します……」
 見た事もない高級車は、やっぱり中身もすごかった。
 何がすごいかと訊かれても、比較するものがないので困るのだが。
 文字通り滑るように走り出す車。うちのワゴンとは大違い。
「貴女たち、今日は本当にありがとう」
 瞳子さまが、都たちにお礼を言った。
 でも、都たちは何も特別な事をした訳じゃない。
「いえ、私たちは、別に……」
「その気心が、嬉しいのよ。私が言う事ではないのだけれど、これからもあの子とよろしくしてやって頂戴な」
「あ、はい。瞳子さまも、歌乃ちゃんをよろしくお願い致します。本当にいい子なんです。歌乃ちゃんは……」
「わかっていてよ。でも、貴女の方が、もっと頑張らなくてはね。都さん」
「え?」
 クスクスと笑う瞳子さま。
「だって、都さん、あの女がお目当てなんでしょう?」
 あの女──って、色は違えど、つぼみ同士、力を合わせて山百合会を引っ張っていく仲間なんじゃないの?
「苦労するわよ? なにせ、知らないもの、可南子さんは──」
「な、何をです?」
 思わず訊ねる都。まるで、自分が言われているような不安感に襲われたから。
「……いえ、やめておくわ。私からは何も言わないでおく事に致しますわ」
 自分で探しなさい、と、暗に言われた気がした。
「まあ、貴女のような子を惹きつけるのだから、つぼみの称号は伊達じゃないのよねぇ。あの女も……」
 腕組みをして考え込む瞳子さまに、都はそれ以上何も訊けなかった。


「ごきげんよう、みや。ハル」
 歌乃ちゃんが登校して来たのは、それから二日後の事だった。
「ごきげんよう、歌乃ちゃん。もういいの?」
 マスクをしているから、それほどよくなったとも思えないのだが。
「熱は下がったし、頭痛もないわ。まだちょっと喉が痛いだけ」
「だったら今日一日、家で大人しく寝てた方がよかったかも……ね。歌乃っちは」
「これを渡したかっただけから。ハルの言う通り、無理はしないわ」
 歌乃ちゃんは、無地の包装紙てラッピングされた包みを、都とハルちゃんに一つずつ手渡した。
「開けていい?」
「どうぞ。気に入ってくれると、いいのだけれど……」
 都の包みには淡いピンクの、ハルちゃんにはオフホワイトの、それぞれ同じデザインのサマーベストが入っていた。
「結局、昨日一日、何もする事がなくて……退屈だったのよ」
 先に言い訳をする歌乃ちゃん。
「うん、ありがとう。大切に着るね」
 とは、ハルちゃん。ベストを取り出し、編み目を指でなぞっている。
「私さあ、物に込められた想いとか念とか、つまり『氣』が見える訳よ。だから、歌乃っちがどんな想いで編んでくれたのか、よくわかるよ。ほら、ここ……」
 と、ハルちゃんが示したところを、どんな気持ちで編んでいたのか、必死で思い出そうとする歌乃ちゃん。
「……ここ、鼻歌、歌ってたね?」
「えっ?」
 あはは~っと、ハルちゃん、大笑い。
「そんなの、わかる訳ないじゃん。でも、私たちがホントに欲しいのは、これじゃないんだからね」
 ベストをポンポンと叩いて、しっかり歌乃ちゃんに釘を刺すハルちゃん。
 確かに嬉しいけれど、これを編むのにまた無理をしたんじゃないかなって、都もつい思ってしまったから、ハルちゃんに言葉に同意して頷いた。
「ええ。わかっているわ。だからセーターじゃなくてベストなの。袖を編むのは、手間だから、楽をさせてもらってるわ。でも、二人には、本当に感謝しているの」
 しみじみと言う歌乃ちゃん。
「二人がいなかったら、私はまだ呼べていないわ。あの方の事を……」
「ごきげんよう、歌乃さん」
 そこへ割って入ったのは、新聞部の地野京華さんと、写真部の夏目史香さん。
「お風邪は、もういいの?」
「ええ。ご心配をおかけしまして」
「そう、それはよかったわ。今日もお休みすると思ってましたので」
 何故? と、首を傾げる歌乃ちゃんに、京華さんは教室の一点を指差した。
 そこには、合唱部の福原友絵さんを中心とした輪が出来ていた。
「今日の音楽の時間、声楽でしょう?」
 つまりの授業な訳だ。
「そうそう、それに今日はテストよ? 歌の……」
 そういえば、そうだった。
 だから、友恵さんを囲んで『一夜漬け』ならぬ『朝漬け』をしているのだ。
「みやたちは、いいの?」
 歌乃ちゃんは、話を都に振った。
 京華さん、史香さんの報道コンビの思惑が、よく掴めないのだろう。
「うん、だって『腹式呼吸』って言われても、今日の今日ですぐには出来ないよ」
「あ、それだったら大丈夫。私が『その場で出来る腹式呼吸』を伝授しましょう」
 そう言って、ハルちゃんは都を引っ張って、教室の隅へと。
 残された歌乃ちゃんは、一人で対抗する──って訳でもないけれど。
「これ、休んでいた分のノート。よかったら……」
「ああ、ありがとう。助かるわ」
 素直にノートを受け取る歌乃ちゃん。
「そして、これは私たちからのプレゼントよ。よく読んでね」
 歌乃ちゃんの手の、ノートの上に、一枚の紙を置く京華さん。
 それは、昨日発刊のリリアンかわら版。そして、その見出しは──。

『独占インタビュー! 黄薔薇のつぼみ、妹について大いに語る』

 ──だった。
「えっと……これは……?」
 記事を読むまでもなく、歌乃ちゃんの顔から血の気が引いた。
「さあ、色々と答えてもらうわよ?『黄薔薇のつぼみの妹』さま。歌乃さんの生のインタビューを取らないと、私は新聞部員として失格なのよ~」
「わ、ちょっと待って……」
「待てないの。今まで、よくも黙っててくれたわね? おかげで大恥かいちゃったわよ。クラスメイトなのに、二ヶ月もの間、全く気づかなかったなんて……」
 京華さんは歌乃ちゃんに「そんな事、言う義務はない」とは言わせない、押しの強さを発揮して、歌乃ちゃんに迫りに迫った。
「まあ、病み上がりの友人を苛めるのも可哀想だから、これで勘弁してあげるわ」
 事前に質問の書き込まれたアンケート用紙を、ついでに手渡した。
「あまり責めるなって、上から言われてるから」
「だったら、ここまでやらなくても……」
 歌乃ちゃんの言葉に、ピンと人差し指を立てる京華さん。
「友達に黙ってたバツよ。あの二人、昨日散々聞かれまくってたんだから」
 都とハルちゃんが、一応矢面に立っていた。
 わかる範囲で、言える範囲で、ずっと質問に答えていた。
 それは、あの日、車内で瞳子さまから話があって、回答を書き込んだカンニングペーパーを持たされていたので、出来た芸当。
 答えの違う質問には『わからない』『それは知らない』で済ませればよかった。
 だって、本当に知らないのだから。
「ええ、感謝してるわ。どんなに感謝しても、し足りないくらいよ」
「うん。いい友達、持ったよね。お互い」
 京華さんの言葉に、歌乃ちゃんはマスク越しでもわかる、極上の笑顔で答えた。
 その瞳に、うっすらとを浮かべて。


à suivre...